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行 事


 世話人会等(H24/1以降) 世話人会等(H23/12以前)  行 事 
        


行 事

「同期生秋の集い(平成28.10.21)」  「西宮生徒監白寿のお祝い(平成29.6.19)
「同期生秋の集い(平成26.10.21)」 「同期生秋の集い(平成27.10.22)」
「入校70年記念同期生会(平成25.11.11〜12)」 「平成26年新年懇親会(平成26.1.28)」
「同期生夏の集い(平成24.8.27)・隅田川屋形船 「平成25年新年懇親会(平成25.1.22)」
「同期生夏の集い(平成23.8.27)」 「平成24年新年懇親会(平成24.1.17)」
「同期生夏の集い(平成22.8.27)」 「平成23年新年懇親会(平成23.1.19)」
「秋季同期生会(平成21.11.17)」 「平成22年新年懇親会(平成22.1.19)」
「種子島同期生会(平成21.4.8〜9)」 「同期生夏の集い(平成21.8.27)」
「秋季同期生会(平成20.10.29名古屋」 「平成21年新年懇親会(平成21.1.23)」
「平成20年新年懇親会(平成20.1.22)」 「同期生夏の集い(平成20.8.27)」 
「同期生夏の集い(平成19.8.27)」 「秋季同期生会(平成19.11.3)」
「平成19年新年懇親会(平成19.1.23)」 「西宮生徒監米寿のお祝い(平成19.7.5)」
「同期生夏の集い(平成18.8.27)」 「秋季同期生会(平成18.10.24)」
「平成18年新年懇親会(平成18.1.17)」 「九州地区47期生会(平成18.7.12〜13)
「秋季同期生会(平成16.10.30)」 「橘中佐墓碑・観武臺・伊勢の同期生会」
(別館アルバム 平成17.9)
「陸自東部方面音楽隊見学(平成15.7.22)」 「同期生夏の集い(平成16.8.27) 」


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西宮生徒監白寿のお祝い

日 時 平成29年6月19日(月) 11:30より
 場 所  :新宿小田急デパート13F 和食膳菜「さがみ
 出席者
(12名)
 :西宮生徒監、磯見夫妻、今井、今村、上之門、梶、後藤、
  鈴木、塩田、成田、山本、
(詳細はクリック)


西宮生徒監におかれては、本年目出度く白寿を迎えられた(大正8717日生)。
ついてはささやかながら白寿のお祝いをということで、世話人より声を掛けたところ遠くは名古屋の後藤君、鈴木君、甲府から今井君、永らく音信の途絶えていた成田君など約11名の同期生が集まり、新宿小田急デパート13Fの和食「さがみ」、昼食会の形で開いた。
冒頭今村代表世話人が、丁度10年前西宮生徒監の米寿のお祝いの会が開かれたが、当時の榊世話人の進め方・挨拶などを下敷きに、改めてご略歴(東幼38期、陸士53期、松本の歩兵50聯隊の聯隊旗手、同聯隊中隊長、予科区隊長を経て、終戦前の昭和19年末より名幼生徒監)を紹介、戦時中は勿論戦後もゴルフや室内遊戯などを含め公私に渡りの数々ご指導を頂いたことを感謝。同期53期の中心となって同期生軍神の鎮魂の書「萬世に燦たり」を刊行、長年にわたり万葉集の研究・発刊し、万葉集について偕行社総会での講演されるなど何歳になっても体力・知力ともにますます盛んなお活躍ぶりは、われわれの模範として尊敬置く能わざるものある。これからも健康に留意されいつまでもご指導ご鞭撻を頂き、さらに上寿、茶寿と百歳を超えてお元気にお過ごしになるようにと挨拶した。

一同よりの記念品贈呈後、「諸君とは本当に長いお付き合いとなった。家内をなくしてからやもめ暮らしを続けていたが、先ほど子供たちの薦めもあり、サービス付高齢者住宅に入居した。お蔭で日常の雑事から解放され快適な暮らしができるようになった。も少し生きていようという気になっている。
どうか今後も皆と健康に過ごそうではないか。・・・」とご挨拶を頂いた。

集合写真を撮影後、各人より思い思いにお祝いの言葉を交えてスピーチがあり、楽しく歓談の後、午後3時頃解散した。


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☆平成28年同期生会「秋の集い」

日 時:平成28年10月21日  12:00〜14:30
場 所:偕行社3F会議室
出席者:14名
    池野、池谷・夫人、磯見、井上、今井,今村、梶、後藤、
    小山(故驥)夫人、塩田、鈴木・夫人、山本
    出席予定の西宮生徒監には急用ができ残念ながら欠席された。

 今回は榊代表世話人が逝去後2回目の「秋の集い」なり、同期生の他界、健康不良で開催が危ぶまれたが、どうにか参加者14名の会合となりうれしい限りであった。

 冒頭集合写真を撮影。引き続き恩師、同期生物故者に対し黙祷を捧げ、続いて代表世話人より若干の会務報告を行った。

・同期生の状況  H28.10.21現在  
   入校時:180名(昭和18年4月1日)
  
   現在確認数(連絡の取れる者):58名
  
   物故者数(判明している者):112名  
   消息不明:10名(有井、飯田、大塚、川井、高橋満、野本、堀之内、増田岬、町田、渡辺)

・その他 世話人会状況、偕行社関係など

 遠来の池谷君の乾杯の音頭で懇談が始められ、暫く同期生の状況、社会の動きへの感想など、活発な発言が交わされた。続いて着席順にスピーチを交えながら進められた(主なスピーチなど)。14時過ぎ、来年の開催を願いつつ散会した。

※ 配布資料 ・最新の同期生名簿。遺族名簿
       ・案内に対する返信の模様一覧表

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☆平成27年同期生会「秋の集い」 
日 時:平成27年10月22日  12:00〜14:00
場 所:偕行社3F会議室
出席者:14名(集合写真など)
西宮生徒監、磯見、井上、今村、上之門、梶、後藤、塩田、鈴木・夫人、前川夫人、
増岡・夫人、山本(寛)
 各人の高齢化を考慮して「夏の集い」−復員記念日(8/27)−は残暑厳しい時期を避け、秋に開くこにし、今回はその第2回目である。
 今回は特に榊代表世話人がこの2/9の逝去に伴う世話人の交代という不慣れな体制での開催となった。
 参加者は同期生会の最盛期に比べ聊か寂しい14名に留まったが、この7月で96歳になられたが矍鑠たる西宮生徒監殿を始め、80代半ばになっても健康に過ごすよう努力中の諸兄の参加があり、心強い次第であった。また始めて故前川和義君夫人冨士子様の出席を頂いたのは何よりであった。
 冒頭集合写真を撮影。引き続き恩師、同期生物故者に対し黙祷を捧げ、続いて遠来の後藤君より榊龍雄君への追悼の辞(2/9逝去時に捧げられたもの)を頂いた。
次いで代表世話人より若干の会務報告を行った。
●同期生の状況  H27.10.19現在
  入校時:180名(昭和18年4月1日)
  現在確認数(連絡の取れる者):63名(平成27年10月19日現在)
  物故者数(判明している者):105名(平成27年10月19日現在)
  消息不明:9名   一方通行:3名(小川、小木、野末)
●榊世話人からの同期生会事務引き継ぎの模様等

生徒監殿より「この7月で96歳になった。毎日最低10数分は近所を歩くことにしている。何とか東京オリンピックまで頑張りたい。今日は奇しくも家内の命日(約10年前)。元気なころ熱海の別荘で47期の諸君とマージャンをしたことが思いだされる。・・・ 」とご挨拶を頂戴し、懇談に移った。
 懇談は着席順に簡単なスピーチを交えながら進められた(主なスピーチ)
会場予約の時間制約があり、14時過ぎに名残を惜しみつつ解散した。

   

    ※   配布資料:・最新の同期生名簿。遺族名簿
        ・榊君への追悼の辞 ・案内に対する返信の模様一覧表



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☆平成26年同期生会「秋の集い」 
日 時:平成26年10月21日  10:40〜13:30
場 所:偕行社3F会議室
出席者:16名(集合写真)
西宮生徒監、磯見、井上、上之門、梶、榊・夫人、塩田、鈴木・夫人、野村、
増岡・夫人、水越・夫人、山本(寛)

※当初今村、大石(家族同伴)は出席予定だったが、今村・帯状疱疹発病、
大石・体調不調の欠席
 従来「夏の集い」−復員記念日(8/27恒例)−を実施してきたが残暑厳しい時期であり、かつお互い高齢となり体調、体力面から秋に開くことに変更し、その第1回目である。今後も秋開催を定例化したい。
 今回は特に事務的な報告は取り止め、各位の近況中心に肩の凝らない談話、健康な老いの過ごし方などを語り合い、懇親を深めることを主眼とした。今回の会合は、世話人・梶の進行・総括で会を進められた。
 会冒頭に西宮生徒監殿にご挨拶を戴く。『今日は若い者の集まりがあるので参加すると家をでた。私にとって諸君はいつまでも若い者、体を自重し頑張って欲しい(因みに生徒監殿は7月に95歳を迎えられた。改めてご長寿を祝す)。去る10月10日の偕行社総会の記念講演では、少年時代からライフワークとして親しんできた「万葉集:日本の心・万葉集」を講演する機会を与えられ感謝している』と。(席上出席の夫人方に先般自費出版された「万葉集探訪」の贈呈があった。)。
 遠路豊橋から参加の鈴木君の音頭で“乾杯”。会食に移る。以降、着席順に従い出席各位の健康状態中心に近況が話された。やはり足腰が弱くなってきていることが話題となり、諸氏の日常を垣間見ることが出来、より和やかな懇談で一層打ち解けた雰囲気となった。
 会場使用の時間制約があり、出席者名簿筆頭の磯見君が「各自健康の話をされたが、この歳の話題として当然である。だが健康を保つには社会の中に溶け込み交わりを深めることが生活上必要でないか、これが老いの楽しみにも通じる」と示唆に富んだ締めの言葉で閉会。再会を誓い、別れを惜しみ合いながら13:15散会した。 
※   配布資料:・同期諸氏の健康、近況(掲載省略) 
        ・偕行社総会時の西宮さんの講演予稿(偕行社総会資料)


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☆同期生「新年懇親会」(H26.1.28)
日 時:平成26年1月28日 12:00より
場 所:市ヶ谷偕行社
出席者:15名
西宮生徒監、浅井、磯見、井上、今村、上之門、梶、後藤、鈴木、副島、野村、増岡、
松本義・夫人、山本寛
 今年の新年懇親会は例年通り首都圏在住の同期生を中心に偕行社において開催された。
 当初出席予定であった同期生活動の中心である榊代表世話人が、体調不良で急遽欠席となったのには一同吃驚し、また塩田幸太郎君も急にやむを得ない事由で欠席となったが、当初予定になかった浅井君が参加となった。(榊君の一日も早い回復を祈る次第である。)
 しかし会合は急遽司会:野村、会計:梶、記録・HP:今村と分担し、おおむね榊君の計画・準備の通りにすすめられた。
 最初に集合写真を撮り、司会:野村君から同期生の状況など以下のように報告された。


●同期生の状況
・最近の物故者は以下のとおり
 恒吉 英篁 H25.08.25   釜井 昭正 H25.11.15
 小松 國男 H25.11.15   森  康宥 H25.12.06
 横山 房郎 H26.01.04
 (ここで物故者に対して黙祷を捧げる。)
・入校時180名も同期生も今物故者(判明分)が過半数を超えた92名を数え、連絡可能者は
 76名となった。
 消息不明者6名(高橋満、町田、渡邊、大塚、野本、増田岬)、
 一方通行音信なし6名(青田、浅野、有井、飯田、小木、野末)


ここで西宮生徒監のご挨拶を頂いた後、遠来の後藤君の乾杯音頭で懇談に移り、参加の各人から順次近況等を報告(模様)
・年賀状などの紹介(資料配布)
福井今立町の二三四長次君「パピルス館の紹介」(資料配布)


●西宮生徒監挨拶
今年の7月で95歳。毎日20分散歩。幸い健康を維持している。母97歳まで長寿。姉100歳。幸い長寿の家系か。
戦後紙の会社。その後出版社に入社、全国を回り売り込み行脚。後藤(大阪で)、森(和歌山)で世話になった
 家内10年前死去。息子夫婦が昨年同じマンションに入ってくれ助かっている。・・・・

 遠来の後藤君の音頭で乾杯懇談に入った。思い思いの懇談、参加の各人から順次近況等を報告(各人の模様)、時間の経つのが早い感じであった。各人の健康を誓い合い再会を期して散会した。




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入校70周年記念同期生会
ーーー観武臺・小牧基地を巡るーーー


○日 時:平成25年11月11日(月)〜12日(火) 
○場 所:名幼跡(中部管区警察学校)→宿泊(名鉄犬山ホテル)
 →航空自衛隊小牧基地 (両日ともチャーターバスで行動)  
○参加者:24名 (内夫婦4組)
浅井、有竹、池野(同夫人)、池谷(同夫人)、今井、今村、上之門、梶、釜井(同夫人)、後藤、榊、佐武、塩田(名幼跡のみ)、鈴木、副島、戸崎(同夫人)、中北、中島、野村、山本

 以前は秋季同期生会を名幼会総会と同日に開催してきたが、平成21年に名幼会終了後は秋季同期生会も自然に開催されなくなっていた。しかし今年は入校70年の記念の年ということで、現地の後藤君、代表世話人の榊君の絶大な努力により、4年ぶりにしかも名古屋で開催されることになった。
 参加者は、遠くは福岡,そして宇都宮、甲府、首都圏、近くは地元中京圏から駆けつけた。

○第1日(11日)

 名古屋駅・集合13:00→ 観武臺(中部管区警察学校)→ 名鉄犬山ホテル/懇親会・泊
 
 旅行の第一歩は名古屋駅からバスで高速に乗り春日井ICで降りて名幼跡の中部管区警察学校に着く。
 榊代表世話人、後藤幹事は校長室へ表敬訪問、その間一同は食堂へ案内されて、お茶を頂戴し小憩。ここで後藤君が「垣内 洋右 氏」(元幹部航空自衛隊幹部自衛官(防大卒)、愛知県隊友会航空担当副会長)を紹介。氏は幼年校に大変興味を持ち研究しており、今回の同期生会において、小牧基地の見学を斡旋して頂き、また幼年校跡を見学したいとのことであった。
 やがて学校係官の誘導で構内を参観する。最初に校門で一同
揃って集合写真を撮り、道路を隔てた「名幼址碑」を見学。

(クリック:正門前、観武臺上)

 小憩の後校内の参観に移ったが、体力に自信のないものは平地部分(運動場→旌忠神社跡→藤棚プール跡校内)、それ以外はまず御成坂経由で観武台、その後校内平地部分を見学した。
 敷地内の施設はすっかり様変わりし、土地の形状で昔を推察して偲ぶ状態となっている。特に観武臺は、道は荒れ、かつてのまばらな桃林にはすっかり樹木が茂り眺望が効かない状態になっていた。土地一杯フルに活用し活気のあった往時と思い合わせ、懐かしい気持と侘しい気持が交々といったところであった。(関係写真)
 名幼跡の行事を終えて一路宿舎の名鉄犬山ホテルに向かう(当初計画の春日井市上田楽町所在の伊多波刀(いたはと)神社は道が狭くバスが入らないので割愛)。このホテルは梶世話人が郵政省建築技師から独立して初めて設計したホテルで、その後かなり手が加えられ木曽川に面した地の利も相まって、立派なホテルになっているようである。特に3年前ボーリングのよる大温泉・露店風呂泉が設けられ疲れを癒やすことができる
 18時より懇親会。榊代表幹事の挨拶の後、鈴木君の音頭で乾杯、懇親会が始まる。久し振りに参加した副島君、池野君、遠く博多から参加した中島君など、入れ替わり立ち替わりのスピーチ。よく聞くと流石に健康に関心が集まり、何かしら問題を抱えている諸兄も多いようであり、病気との付き合い、克服という年寄りの会合に付き物の話題が飛び交った。それにしても元気で旅行できて目出度い。
20時半頃散会就寝した。
    
○第2日(12日)

 名鉄犬山ホテル→ 航空自衛隊小牧基地→ 名古屋駅・解散

 8:50 バス乗車、航空自衛隊小牧基地に向かう。基地見学の行事は以下のとおりである
・プロジェクターにより基地の説明(広報室長)
 小牧飛行場は以前は国際空港であったが、国際空港が常滑沖の「中部国際空港 セントレア」に移転した後は県営空港となった。このため着陸1回ごとに着陸料を徴収されることになった。
航空自衛隊小牧基地は輸送機、救難機を主とする航空隊、航空管制などの術科学校などの機能を持っている。
・見学
・資料室(昭和17年頃の基地建設、戦時の戦闘機と名古屋防空の説明資料、最近の基地・航空機の状況などの展示)
・c-130(含む機内)パイロット5名(女性パイロット1を含む)による説明 
・災害救難機(ジェット機:U-125A救難捜索機、ヘリ:UH-60J救難ヘリコプター)についてパイロット2名による説明
・慰霊碑参拝 供物を供え後藤君が祭文を献じ、一同拝礼。
・昼食 隊員代表者3名同席 隊員食で食事
フィリッピン・レイテ島台風被害に対して、最新鋭KC-767輸送機による救援の準備に忙しい模様

 基地見学も終わり一連の行事予定も無事終了。14:30頃名古屋駅に到着、お互いの健康を祈り散会した。

 今回の同期生会は地元の後藤君、また代表世話人榊君には一方ならぬ世話になったことに感謝する次第である。
 また元気にご夫妻で参加された釜井昭正君には、帰着後間もない11月15日に急逝、驚愕痛恨の極みである。合掌



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☆同期生「新年懇親会」(H25.1.22)
日 時:平成25年1月22日 12:00より
場 所:市ヶ谷偕行社
出席者:14名
西宮生徒監、浅井、有竹、磯見、井上、今村、上之門、梶、榊、塩田、鈴木、野村、増岡、山本
今年は1/14に東京地方に降った雪がまだ残っている1/22に、例年通り首都圏在住の同期生が集まり新年懇親の集いが開催された。
 最初に集合写真を撮り、榊世話人よりここ1年の同期生の状況など以下のように報告された。

●名幼関係
・元名幼会会長、偕行社会長山本卓眞氏(名幼43期)H24.1.17逝去、偲ぶ会が3/9に帝国ホテルにて斎行。西宮生徒監、今村、梶、榊、野村、増岡、横山が参加。

●同期生の動向
・今年の新年懇親会は、首都圏在住の51名に案内を出した所、14名の参加を得た。
・入校時180名も同期生も今物故者(判明分)86名を数え、連絡可能者は82名となった。H24年の物故者は以下のとおり
隠岐和彦H24.1.31、外西春美H24.5.16、尾崎卓司H24.5.17 、岡村和夫H24.9.17、土屋一幸H24.10.28 (ここで物故者に対して黙祷を捧げる。)

・現在連絡の取れるものは82名、入校180、物故86、
消息不明者6(高橋、町田、渡邊、大塚、野本、増田)、
一方通行音信なし6(青田、浅野、有井、飯田、小木、野末)

ここで西宮生徒監のご挨拶を頂いた後、遠来の鈴木君の乾杯音頭で懇談に移り、参加の各人から順次近況等を報告(模様)
同期生諸兄の近況は配布資料参照(本ホームページでは要点を掲載

●西宮生徒監挨拶:
当年93歳(H25.7には94歳)になったが幸い健康。先日富山へ法事で行き、中川君、高井君と食事。昔の富山にはこれ以外に金子重志君・高松昭三君などもいたが淋しくなった。振り返ればわが軍人の人生は、幼年校(入学)で始まり幼年校(生徒監)で終わったといえるが大きな意義を持っている。
高齢になっても何かに打ち込むことが脳の活性化につながると思われる。・・・健康に過ごすことを期待する。

思い思いの懇談、参加の各人から順次近況等を報告、時間の経つのが早い感じであった。最後に軍歌演習で「校歌」を歌い、各人の健康を誓い合い再会を期して散会した


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☆同期生「夏の集い」(H24.8.27)
日 時:平成24年8月27日 12:00より
場 所:屋形船「船清」・品川    お台場沖・隅田川周遊
出席者:28名
西宮生徒監、浅井、石川・同夫人、磯見・同夫人、井上、今村・同夫人、上之門、大石・同息女、梶、川人、後藤、榊、櫻井、塩田、鈴木・同夫人、恒吉、中北、中原・同夫人、野村、萩田、山本、横山
 配布資料: @出席者名簿 A会務報告など B終戦時生徒監・班長への寄書コピー(出席者関係分コピーを配布)
昨年「同期生夏の集い」は、当初スカイツリーを遠望しながら隅田川の屋形船で行う予定であったが、東日本大震災で隅田川の花火が一か月遅れのこの日に延期されてかち合ったので、残念ながら急遽グランドヒル市ヶ谷での室内開催となった。

今年は改めて吟味・選定した品川の屋形船「船清」に定刻前に続々集合、揃ったところで集合写真をとり「紫式部」に乗船。船の座席は掘り炬燵式で脚が楽で好評。

出航後、榊代表世話人の司会で物故者へ黙祷を捧げ、会務説明の詳細は各人の資料閲覧に譲り遠来の川人君の音頭の乾杯でいよいよ屋形船での「夏の集い」が始まった。
 参考:昨年の「夏の集い」以降の物故者は以下の通り
  中村 守君H23.9.18、原 宏君H23.10.4、傳田 功君H23.11.4、
  藤野知昭H23.11.18、隠岐和彦君H24.1.31、外西春美君H24.5.16、
  尾崎卓司君H24.5.17

西宮生徒監からは「軍人生活は東幼への入校に始まり諸君と因縁浅からぬ名幼での生徒監で終わった。8年前妻が死去し放心していた所、息子が置いてくれ触り始めた古いPCで、張り合いが出来た。これもその後93歳になった今日まで健康にやってこれた一因と思う。人間の長生きの源泉は、健康な肉体と頭脳が必要。同期生が少しずつ減ってゆくのはやむを得ない。少しでも健康で長生きすることを祈る。」とご挨拶・ご訓辞があった。

この間にもご馳走が次々出始め、船はお台場沖で暫時停泊、ここで天婦羅が出され始め、揚げたて・アツアツを賞味。やがて船はレインボウブリッジをくぐり、隅田川を遡り始め、何人かの諸兄は展望デッキに上り周りの景色を満喫した。隅田川に架かる橋をいくつもくぐり、待望の「スカイツリー」が見え始めた。永代橋で回れ右をして川を下り、約3時間の船旅を終えて桟橋に無事帰着。(会の模様)

今年の変わった趣向と江戸の美味を満喫した「夏の集い」に参加者全員が満足し、次回の再会で元気な顔を見せることを約して15時過ぎ散会した。



☆同期生「新年懇親会」(H24.1.17)
日 時:平成24年1月17日 12:00より
場 所:市ヶ谷偕行社
出席者:19名
西宮生徒監、浅井、有竹、池田、磯見、井上、今村、上之門、梶、亀田、川井、後藤、榊、恒吉、野村、萩田、増岡、山本、横山
今年も例年通り首都圏在住の同期生が集まり新年懇親の集いが開催された。このところ首都圏は正月以来雨が降らず乾燥気味である。昨年同様名古屋在の後藤君も遠路参加。今回は久しぶりに佐野より亀田君が参加。
最初に集合写真を撮り、榊世話人より最近の同期生の状況など以下のように報告された。
 新年懇親会の案内は首都圏在住の54名に案内を出した所、19名の参加を得た。

●名幼関係
・名幼関係の記念碑などは中部管区警察学校敷地内の観武台にあるが、気軽に立ち入れる場所でないので、中部地区の有志で作られた「名幼校碑の会」により、企画された「名古屋陸軍幼年学校之跡」碑が、12/20着工、1/20竣工式として実現した。(碑銘:名古屋陸軍幼年学校之跡 揮毫:小牧市長)。剰余金で写真集が作成され、先般同期生諸兄に配布した。

●同期生の動向
・今年の新年懇親会は、首都圏在住の54名に案内を出した所、西宮生徒監殿を始め19名の参加を得た。
・昨23年秋、小木貞孝君が文化功労者
・昨23年10月、磯見辰典君、「鎌倉小町百六番地」上梓
・入校時180名も同期生も今物故者(判明分)81名を数え、連絡可能者は86名となった。H23年(判明分を含む)の物故者は以下のとおり
金子勇H22.07.12、平井宣夫H23.01.09、奥脇文彦03.19 、細井正春04.18、中村守09.18、原宏10.04、傳田功11.04、藤野知昭11.18の諸君であった。(ここで黙祷)

・現在連絡の取れるものは86名(入校180、物故81、消息不明者6、一方通行7)。(ここで物故者に対して黙祷を捧げる。)

遠来の後藤君の乾杯音頭で懇談に移り、冒頭西宮生徒監のご挨拶を頂いた後、参加の各人から順次近況等を報告(模様)

●西宮生徒監挨拶:
昨年秋9月下旬から約3週間米国在住・シカゴの娘家族を起点に、孫3人(ひ孫4人)を次々尋ね、シカゴ、インヂアナ、フロリダ、サンフランシスコ、ニューヨークを巡った。高齢なので躊躇したがが英語の達者な孫娘が東京から全行程を同伴してくれたので、意を決して実行した。ウェストポイントなどへも行った(ウェストポイントの状況は偕行2月号に投稿予定)。
先般「偕行」誌に万葉集の記事連載に続き、単行本を出版し、忙しい1年であったが、若い時から親しんだ万葉集であり、やり甲斐があり楽しい作業でもあった。高齢になっても何かに打ち込むことが脳の活性化につながると思われる。・・・健康に過ごすことを期待する。

各人からのスピーチの中で上之門君から、中村守君の追悼と同期生の碁の会、さらに日本の囲碁会にまで触れた「碁の話」があったので別館に要旨を掲載

遠来の後藤君の乾杯音頭を頂き懇談に移り、思い思いの懇談。参加の各人から順次近況等を報告、時間の経つのが早い感じであった。最後に軍歌演習で「校歌」「名幼行進歌」を歌い、各人の健康を誓い合い再会を期して散会した

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同期生「夏の集い」(H23.8.27)
日 時:平成23年8月27日 12:00より        
場 所:ホテル・グランドヒル市ヶ谷
出席者:24名
西宮生徒監 
浅井、有竹、石川(同夫人)、井上、今井、今村、上之門、大石(同息女)、川井、榊、櫻井、鈴木(同夫人)、中北、中原、野村、萩田、増岡、山本、横山、若月  計24名(当初予定28名が体調等により4名減)
配布資料: @出席者名簿 A会務報告など B健康管理アンケート集計表 C名幼校碑・観武台碑写真 D小牧市叢書抜粋 E名幼47期880日の在校記録 F偕行社文化祭作品募集 G軍歌演習歌詞
 会の模様(写真)

観武台を去ってから66年目の今年の「同期生夏の集い」は、当初建設中のスカイツリーを遠望しながら隅田川の屋形船で行う予定であったが、東日本大震災で隅田川の花火一か月遅れのこの日に延期されてかち合ったので、急遽計画の練り直でグランドヒル市ヶ谷での開催となった。

予定の12:00に開始。冒頭集合写真を撮影。
終了後始めに恩師・同期生の物故者に対し黙祷を行い、続いて榊代表世話人より同期生の現状などの会務報告(要点)があった。

昨年の「夏の集い」以降の物故者は以下の通り
河合眞喜夫班長H22.9.28、石田義夫君H22.11.16、平井宣夫君H23.1.14、金子勇君H22.7.12、奥脇文彦君H23.4.4、細井正春君H23.4.18、花本昭治君H22.3.14、(外に直接薫陶を受けなかったが上村幸一班長H23.4.20)

今年は八十路を超えた同期諸君の健康管理の状況のアンケートを行い一覧表に纏めたので参考にされたい(88名に依頼、52名から回答)。
健康維持のため多くの諸兄が散歩・体操をまた園芸・家庭菜園を行っている様子が窺える。
西宮生徒監におかれては、先般偕行誌に「万葉集探訪」を連載され、また最近これをさらに補筆して単行本に上梓されたが、世話人からも同期生に購読方を慫慂した所多数の協力があったことに感謝する。

遠来のの今井君の音頭で乾杯して懇談に移った。
懇親会の間、名簿順に健康管理の状況のアンケート結果なども使い近況報告を行った。

予定の15:00前、鈴木君の指揮により軍歌演習を行い、各人の健康を祈りつつ、また来年を約束しつつ散会した。

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☆同期生「新年懇親会」(H23.1.19)
日 時: 平成23年1月19日 12:00より        
場 所: 市ヶ谷偕行社
出席者: 16名
西宮生徒監、浅井、磯見、井上、今村、上之門、梶、川井、後藤、榊、塩田・夫人野村、萩田、増岡、山本、若月
例年通り首都圏在住の同期生が集まり新年懇親の集いが開催された。寒中ではあったが首都圏は正月以来好天が続き乾燥気味である。昨年同様名古屋在の後藤君も遠路参加。今回は久しぶりに若月君が参加、しかし当日朝になり体調不良で2名が欠席があり、同期生の高齢化が窺われた。
 
最初に集合写真を撮り、榊世話人より最近の同期生の状況など以下のように報告された。

●同期生の動向
・昨年1月以来同期生の物故:松本、石田、明けて1/9に平井の諸君、また栃木の釜井君からの通報で金子勇君の7/12逝去が判明した。以上で判明している物故者75名。
さらに昨年9/28に浜松の河合眞喜夫班長が逝去された。
・現在連絡の取れるものは91名(入校180、物故75、連絡不能8、一方通行6)。(ここで物故者に対して黙祷を捧げる。)

名幼校碑の建設
 ・経緯:名幼関係の記念碑などは中部管区警察学校敷地内の観武台にあるが、気軽に立ち入れる場所でなく、名幼会も終結したので次第に忘れ去られてしまう可能性がある。これを危惧した中部地区の有志が「名幼校碑の会」を作り、建設を企画・運動してきた。設置場所は、諸般の経緯の後中管校正門から見て県道を挟んだ反対正面の私有地に建設することで進め、12/20着工、1/20竣工式として実現した。(碑銘:名古屋陸軍幼年学校之跡 揮毫:小牧市長)
 ・建設費約140万円。名幼会から45万円を支出し、不足分95万円は各期と有志の拠出で賄うことになった。
・47期の対処方針:約13万円同期生会積立から支出し、各人の直接負担とはしないことにした
●名幼会終了後も47期生会は続けてゆきたい
●今年の「夏の集い」
 ここ数年復員の日8/27に九段会館などで会食形式で開催してきたが、今年は趣向を変えて「屋形船」で隅田川等を遊覧・会食する形式とする方向で検討中。

●西宮生徒監挨拶:
本年7月17日で92歳になる。毎朝約30分歩くのが健康維持に役立っていると思う。立ってると
53期1800名は約600名が戦・病死、現存者200名、うちで歩き可能者はその半分と思われる。東京での会合では毎回約10名程度が参加。
先般「偕行」誌に万葉集の記事を12回分投稿したが、近くそれを改訂して出版することになり準備中。
生きている限りは何かに打ち込むことが大切。健康に過ごすことを期待する。

遠来の後藤君の乾杯音頭を頂き懇談に移り、思い思いの懇談。参加の各人から順次近況等を、時間の経つのが早い感じであった。各人の健康を誓い合い再会を期して散会した。

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☆同期生「夏の集い」(H22.8.27)
日 時 平成22年8月27日 12:00より 場 所:九段会館
参加者 西宮生徒監 
浅井、新井、有竹、池田、磯見、井上、今村、上之門、大石(同息女)、梶、川井、川人、後藤、榊、櫻井、塩田(同夫人)、鈴木、恒吉、中北、中原、野村、萩田、増岡、山本、横山  計28名(当初予定29名が体調等により1名減)
講演講師 中島道子氏
配布資料 @「夏の集い」、会務報告など A東典夫君絵画展(石川県立美術館で展示(2010.9/11-10/24)企画中)関係資料

会の模様(写真)

恒例の「同期生夏の集い」は、今年は昨年と同じ九段会館で定刻の12:00より開催された。

今回のメインイベントの講演は、昨年梶世話人の同郷の講師中島道子氏(実践女子大学国文科卒業。日本ペンクラブ会員。明智光秀公顕彰会副会長。武蔵歴史フォーラム会長)の体調不良に急遽変更になったが、再度お願いして実現した。
はじめに梶君が講師紹介を行った後、「明智光秀顕彰の道のり:なぜ光秀なのか」の演題にて、約1時間にわたり氏が長年にわたり研究した成果を熱っぽっく語られ、聴く者は大変興味深く引き込まれて聴き入っ次第であった。(講演要旨)

経歴:中島道子さんは、福井県坂井市三国町に生まれ、長い教員生活の後、上京し作家生活に入り、今年で25年の節目を迎えられまし た。今回、待望の復刊を果たした「岩佐又兵衛 怨念の絵師」ほか、明智光秀、松平春嶽、松平忠直など、福井にゆかりの歴史上の人 物を題材にした歴史小説を多く執筆し、現在も講演会活動などを精力的にこなしている。

講演終了後、休憩。同会場にて集合写真を撮影。

会の行事が開始。始めに恩師同期生の物故者に対し黙祷を行い、続いて榊代表世話人より同期生の現状などの会務報告(資料配布)があった。昨年の「夏の集い」以降の同期生の物故者は以下の通り

中西久二君H21.11.17、高松昭三君H21.11.21、櫻井眞君H21.12.7、花本昭治君H22.3.14、松本正久君H22.6.8

遠来のの鈴木君の音頭で乾杯して懇談に移った。

西宮生徒監殿から「以前偕行誌に故郷の越中の国司として赴任した大伴家持の万葉歌:『海ゆかば考』について投稿したが、その後偕行偕行社の戸塚理事からさらに偕行誌に何か書くようにとの依頼があったので、多くの激励を頂戴しながら頑張って12回にわたり「万葉集探訪」の執筆に取り組み、九月号でいよいよ終わりとなった。歳を重ねても何か取り組むのは良いことと思う。諸君も健康に留意して元気でいるように」とご挨拶を頂いた。

懇親会の間、若干名から近況報告を行った。

川人君:故東典夫君は生前画家として米国で活躍したが惜しくもH16.02.04亡くなった。生前にも東京で個展を行ったが、没後四日市、松山でも個展が開かれた。松山では三浦工業の縁で関係したが、近く出身校のある金沢の石川県立県美術館でも企画展が開催される・・・と多くの資料を準備して紹介した。
その他、井上君が福井の二三四君の近況、萩田君より松岡君の状況、大石君からリハビリを兼ねた紙芝居ボランティア活動などが紹介された。

予定の15:00前、鈴木君の指揮により校歌等の軍歌演習を行い、各人の健康を祈りつつ、また来年を約束しつつ散会した。


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22年新年懇親会(H22.1.19)
日 時: 平成21年1月19日 15:00より        
場 所: 市ヶ谷偕行社
出席者: 16名
西宮生徒監、故櫻井眞君夫人裕子様
池田、磯見、井上、今村、上之門、梶、川井、後藤、榊、中原、野村、萩田、山本、横山

例年通り首都圏在住の同期生が集まり新年懇親の集いが開催された。運よく好天でまた寒中の寒さもやや緩み、昨年同様名古屋在の後藤昭君も遠路参加。今回は特に昨年12月7日に逝去した櫻井眞君の夫人裕子様も参加された。
 
最初に集合写真を撮り、榊世話人より最近の同期生の状況など以下のように報告された。


●同期生の動向
・昨年1月以来同期生の物故:小川邦夫、青木宏、筒井良三、丸山康夫、中西久二、高松昭三、櫻井眞の7名、判明している物故者70名
・現在連絡の取れるものは95名(入校180、物故70、連絡不能8、一方通行7)。(ここで物故者に対して黙祷を捧げる。)
●昨年11月最終の名幼会総会が開かれ、本年9月末で名幼会も解散される。会誌「たちばな」は71号。61〜71号の合本の発刊で終了
●名幼会終了後も47期生会は続けてゆきたい(今年の会費は従来通り¥3000)
●偕行社の動向、六幼連絡会など

櫻井夫人挨拶:いつも主人から多感な少年時代を過ごした幼年学校生活のことを聞いていた。一度同期生の会合でその一端に触れたいと思って参加した。

西宮生徒監挨拶:昨年7月17日90歳を超えた。間もなく日本人の平均寿命は90歳になるという予測もある。53期の存命者260名の中、東幼38期は14名、会には4〜5名が参加可能。
「偕行」誌に万葉集関係の記事を投稿することになり、12号分を続けることになった。
生きている限りは何かに打ち込むことが大切。健康に過ごすことを期待する。生徒監より早く死ぬことは規則違反。

遠来の後藤君の乾杯音頭を頂き懇談に移り、思い思いの懇談。
井上君から中西久二君の鶏卵政策に対する功績を詳しく調査した結果を披露(要旨)。久しぶりに参加の磯見君からは葉山御用邸の天皇皇后両陛下へのご進講にまつわる逸話など興味深い話もあった。その他参加の各人からも興味深い話も多く、時間の経つのが早い感じであった。
 
 終り「校歌」「山紫に水清き」を斉唱し、各人の健康を誓い合い再会を期して散会した。


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☆秋季同期生会(H21.11.17)   (写真)
日 時:平成21年11月17日 15:30より   場 所:グランドヒル市ヶ谷
参加者:42名
西宮生徒監 加賀夫人、小山夫人
浅井、有竹、池谷(同夫人)、井上、今井、今村、上之門、梶、釜井(同夫人)、亀田、川井、川人、後藤、榊、櫻井、佐武、、三溝、塩田(同夫人)、渋谷、鈴木(同夫人)、恒吉、中北、中原、中村、野村、萩田、平井、前島、増岡、松本、水越、山本、横山、吉岡、若月  計42名
  
今年の秋季同期生会は名幼会総会に引き続き同じホテル内で開催された。総会が最終総会ということもあって同期生の参加数も比較的多く、引き続く同期生会も多数の参加があり、42名になった。

参加者はますます矍鑠たる西宮生徒監殿を始めとして、故加賀雅志君夫人、また初めて故小山冀君夫人が参加され、夫人同伴者も4名(池谷、釜井、塩田、鈴木)となった。また加賀夫人からは夫君が日本酒が好きだったと銘酒のご寄贈を頂いた。

始めに榊代表世話人から同期生の概況とについて報告があった。
@名幼会は解散となっても同期生会は続けたい
Aこの1年で小川、青木、筒井、丸山の4君が逝去、判明分だけで計67名が亡くなった。このほか連絡不能が6名、返答なしが9名で連絡可能者は98名
B明年3月「たちばな(71号)」で各人に「私と名幼」という題で600字で投稿依頼を企画中
C名幼関係の資料を募集中であるが45点が集まった(47期:石田、戸崎、佐武、萩田、野村、二三四、三溝など)
D西宮生徒監殿よりこの夏テレビ熊本放送の「義烈空挺隊」のDVDを頂いたが同期生に回覧など

西宮生徒監殿のご挨拶(東幼同期訓育班50名中戦死1/3で現在14名生存、その半分は元気、義烈空挺隊奥山君は幼年校そのままの男だったなど)を頂き懇親に入った。今回は遠隔地よりの参加者、加賀・小山両婦人のスピーチがあった。

最後は恒例によって鈴木君の指揮で軍歌演習を行い、各人の健康を祈りつつ、また来年の再会を約束しつつ散会した。

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☆同期生「夏の集い」(H21.8.27)
日 時 平成21年8月27日 12:00より  場 所:九段会館
参加者 西宮生徒監 
浅井、新井、有竹、池田、石川(同夫人)、井上、今村、上之門、大石(同夫人、息女)、梶、川井、後藤、榊、櫻井、塩田(同夫人)、中村、野村、萩田、藤野、山本、横山、若月  計27名(当初予定30名が体調等により3名減)
講演講師 中山隆志氏   
配布資料 @「夏の集い」次第などの資料 A講演レジメ B独立混成第五五旅団戦記 C幼年学校第47期入試問題   
会の模様(写真)

恒例の「同期生夏の集い」は、今年は昨年と同じ九段会館で開催された。

今回は身辺多忙から解放された久し振りに新井君が参加。遠隔地から常連の川人君は珍しく欠席、名古屋から後藤君が参加、また行動に不自由な石川君と大石君はそれぞれ奥さんなどご家族の同伴で参加した。

会は定刻の12:00より開催された。(司会:今村世話人)

今回のメインイベントの記念講演は梶世話人によって企画されたが、当初講師は同君の同郷の中島道子氏実践女子大学国文科卒業。日本ペンクラブ会員。明智光秀公顕彰会副会長。武蔵歴史フォーラム会長)を予定していたが入院のため急遽変更、偕行社会員中山隆志氏のお願いした事が披露され、同氏の紹介を行った後
  「第二次世界大戦謀略史の一端ーーー東京裁判史観の崩壊ーーー」(要旨)
の題で講演が行われた。講演の要旨は「1940-1948において、米国で活動したソ連の諜報員がモスクワとのあいだで行った暗号電信の解読結果が1995.7に公表された。この結果従来確定的と思われていた事件が思わぬ事実で暴露された」など興味が尽きない内容であった。

講演終了後、恩師同期生の物故者に対し黙祷を行い、続いて榊代表世話人より同期生の現状などの会務報告があった。昨年の「夏の集い」以降の同期生の物故者は以下の通り(他事項は配布資料によることとし省略)
前川和義君(H20.10.22)、小川邦夫君(H21.1.16)、青木宏君(H21.2.2)、筒井良三君(H21.8.4)、丸山康夫君(H21.5.11)の5名

歓談会の前に同会場にて集合写真を撮影。遠来のの後藤君の音頭で乾杯して懇談に移った。


西宮生徒監殿から「当年卒寿を迎えるが、毎日最低30分は歩き、バランスの問い良く規則正しい食事に留意している。この会に出る前にインタネットで「平均余命」について調べたが。90歳・(諸君の)80歳はまだまだ余命があるようなので、健康に留意して元気でいるように」とご挨拶を頂いた。(世話人より「義烈空挺隊」DVDを頂戴したことを披露)

懇親の間、萩田君より提供した「入試問題」の出典などの披露、各人は懐かしそうに問題に見入り。いろいろな感想を述べていた。その他久し振りに出席の新井君など若干名から近況報告を行った。

予定の15:00前、櫻井君の指揮により校歌等の軍歌演習を行い、各人の健康を祈りつつ、また来年を約束しつつ散会した。

世話人より:西宮生徒監殿より「義烈空挺隊」DVDを頂く

「義烈空挺隊」テレビ放映
この夏8月14日に約50分、テレビ熊本で「義烈空挺隊」に関する特別番組が放映されたが、放映されたDVDを生徒監殿より47期に1部頂戴している。ついては今後回覧する予定。
この番組は当日の熊本日日新聞のテレビ紹介欄にも大々的に記事が載せられた。物語は空挺部隊の創設、訓練より義烈空挺隊の編成、沖縄特攻に到る経過を、戦時中のニュース映画や写真が写されている。特に奥山道郎隊長に就いては、生い立ち、東京陸軍幼年学校の教育、薫陶を受けた当時の校長・阿南惟幾将軍のこと等が同期生・中村定臣、西宮正泰のお二人がインタビューを受けている。
  
クリック:現物ラベルは白紙であったが、適宜背景等を挿入作成したもの

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☆種子島同期生会(H21.4.8〜9)
日 時 平成21年4月8日〜9日
場 所 種子島
参加者 稲田 榎本 武内 中島 山之口、榊 野村( 2名は東京から参加)       計7名
   
鉄砲伝来と宇宙開発の島 ―種子島47期生会―

写真と紀行文はクリック

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21年新年懇親会(H21.1.23)
日 時 平成21年1月23日 15:00より        
場 所 市ヶ谷偕行社
出席者
(19名)
西宮生徒監
浅井、有竹、池田、井上、今村、上之門、梶、川井、後藤、榊、塩田、同夫人、恒吉、中村、野村、水越、山本、横山
例年通り首都圏在住の同期生が集まり新年懇親の集いが開催された。折から大寒であったが、寒くてもまあまあの天気で、昨年同様名古屋在の後藤昭君も遠路駈けつけ賑やかな新年会となった。
 
最初に集合写真を撮り、榊世話人より最近の同期生の状況など以下のように報告された。

・同期生の動向(昨年来同期生の物故:原司郎、前川和義、年明けて小川邦夫の三君 以上で判明している物故者64名)としては連絡の取れるものは102名。ここで物故者に対して黙祷を捧げる。
・ここ1年の同期生の会の主な行事としては名古屋での総会に続けた同期生会・観武台訪問
・名幼会の動き、終了対策委員会 など

西宮生徒監挨拶:阿南校長の「阿南東幼校長の二・二六事件に関する訓話」を偕行誌に掲載以降幾つかのマスコミからのインタビューや記事掲載が続くようになった。最近幼年学校の教育が注目されり動きが盛んになった。
諸君も傘寿も迎えるのに連れ卆寿を迎えることになった。生きている限りは
健康でありたいと毎日午前午後に分け各30分程度歩くことにしている。ぜひ健康維持のためウォーキングを勧めたい。

西宮生徒監に乾杯音頭を頂き懇談に移り、思い思いの懇談、また参会者の各人の近況報告があり、時間の経つのが早い感じであった。
 
 終りの「山紫に水清き」を斉唱し、各人の健康を誓い合い再会を期して散会した。

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☆秋季同期生会(H20.10.29) 
日 時:平成20年10月29日 15:00より
場 所:名鉄グランホテル
参加者:総員36名 (詳細別紙)

 集合写真
 (クリック拡大)
会の模様 (写真)
今年の秋季同期生会は総会が名古屋で開催されたので、それに引き続き同じホテルの総会場隣室で開催された。

参加者はますます矍鑠たる西宮生徒監殿を始めとして、故加賀雅志君の遺影と共に参加の夫人美代子さん、故秋澤潤治君の息女・比江森玲子さんが参加され一同望外の喜びだった。さらに石川、戸崎、水越の3君はご夫人帯同で参加して盛会となった。

はるばる種子島から参加の榎本君は席上全員に名産「黒糖」のお土産を頂戴した。さぞ重かっただろうと全員感謝して有り難く頂戴した。

その後代表世話人榊君より2〜3連絡事項の紹介があり特に名幼会解散後の47期生会の硬い結束を誓い合った。乾杯の後、西宮生徒監殿のご挨拶を頂き全員1分間程度のスピーチがあり盛り上がった。

最後は鈴木君の指揮で軍歌演習を行い、各人の健康を祈りつつ、また来年の再会を約束しつつ散会した。

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☆同期生「夏の集い」(H20.8.27) (写真)  
日 時 平成19年8月27日 12:00より 場 所:渋谷・九段会館  
参加者 西宮生徒監 
浅井、池田、井上、今村、上之門、大石(同夫人、息女)、梶、亀田、川井、川人、後藤、榊、櫻井、塩田(同夫人)恒吉、中村、中原、野村、萩田、藤野、増岡、水越、山本、横山  計28名
   
会の模様
恒例の「同期生夏の集い」は、今年は場所を変え九段会館で開催された。

今回も遠隔地からは昨年と同じく松山から川人君、名古屋から後藤君が参加、また行動に不自由な大石君は奥さんと娘さんの介添えで車椅子で参加した。

会は定刻の12:00より開催され、開会挨拶に続き、恩師・同期の物故者を黙祷を捧げた後、榊代表世話人より会務報告があった。

(要点)
・本年の物故者:昨年の夏の集い以降物故は井本富雄、五十嵐博、原司郎の三君。同期生連絡可能者:104名(丁度一個訓育班分が無くなった勘定)
・本年の第48回名幼会総会は48期が幹事で、10/29名鉄グランドホテルで開催。翌日は」バスで観武臺を訪問
・いよいよ名幼会も終焉となるが47期生会は可能な限り続けたい  等

今回のメインイベントは、増岡 鼎君から『増幅される国防への憂い』というテーマで講話(要旨)が行われた。騒がしい国際情勢下にあって、国内での憂うべき無関心、政治家の軍事音痴、隊員のマイホーム公務員意識の浸透など憂うべき国防の現状を訴えた。

終了後屋上にて記念撮影を行い、遠来のの川人の音頭で乾杯して懇談に移った。

冒頭西宮生徒監から訓話を頂き、懇親の間、池田君、大石君。後藤君と順次スピーチが行われ会場が沸いた。

予定の15:00、各人の健康を祈りつつ、また来年を約束しつつ散会した。


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☆平成20年新年懇親会(H20.1.22)
日 時 平成20年1月22日(火) 12:00より        
場 所 市ヶ谷偕行社
出席者
(20名)
浅井、池田、磯見、井上、今村、上之門、大熊、梶、川井、後藤、榊、塩田、同夫人、
中西、野村、萩田、前川、松本、水越、横山
           
首都圏在の同期生を対象に懇親の集いを開催された。大寒に入り東京も雪の声が聞かれていたが、幸い雪は降らず寒くてもまあまあの天気で、昨年同様名古屋在の後藤昭君も駈けつけ賑やかな新年会となった。
 
最初に集合写真を撮り、取り敢えず遠来の後藤君の音頭で乾杯。榊世話人より最近の同期生の状況など以下のように報告された。

@今年の第48回名幼会総会は、10月29日(水)11時〜14時 名鉄グランドホテルで開催 
Aこの前日あるい翌日に同期生会を計画する 
B将来に向けて六幼の47期の大同団結を図る動きがあり、その第1回の集まりが3月12日の定例参拝の後偕行社で開くことになった(多勢参加されたし)
C1/28名幼総会では昨秋の第47回名幼総会の報告を行った
D西宮生徒監より:・偕行1月号掲載「海ゆかば考」への感想ある向きは簡単にメールありたし ・偕行2月号に、阿南将軍に関する記事”幻の文書「阿南東幼校長の二・二六事件に関する訓話原稿」”を掲載予定 ・『萬世に燦たり』CD版(偕行2月号「図書紹介」欄)  

懇談に移り、思い思いの懇談・放談に時間の経つのが早い感じであった。
 

 終りの「山紫に水清き」「名幼行進歌」「名幼校歌」「名幼47期生の歌」を斉唱し、最後に名幼校歌を合唱し散会した。
 

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☆秋季同期生会(H19.11.3) 
平成19年度名幼会総会に引き続き。会場は同じアルカディア市ヶ谷で開催された。今年は47期が幹事をつとめたので、総会の参加者が多かったが、同期生会も来賓の西宮生徒監と前田生徒監奥様とご子息もそのまま参加され、最近にない盛会となった。 (集合写真)   (詳細へ)

来 賓 西宮生徒監   前田生徒監ユキ夫人・奉誠(子息)
47期 計59名
1訓 大石喜太郎夫妻・息女 釜井昭正夫妻 塩田幸太郎夫妻 水越 巌夫妻
浅井素次 上之門三郎 亀田 保男 工藤 史郎 佐武 茂 渋谷亮治
中原安治 野村 亨 平井宣夫 前島義章 山本良次 20名
2訓 今村耕一夫妻
池田和之 川井十郎 川人明美 後藤 昭 榊 龍雄 三溝昭次
中北 衛 中島龍明 中西久二 萩田 威 藤野知昭 細井正春
前川和義 松本正久 若月 勲 17名
3訓 稲田正雄夫妻 鈴木健之夫妻・楠本雅之(甥) 横山房郎夫妻
  有竹雅夫 池谷真司 井上 毅 大熊昭三 大道文夫 小川邦夫
梶外美男 近藤高年 武内 斉 恒吉英篁 増岡 鼎 松本義人
山本 寛 吉岡英治
同期生会のみに参加:青木 宏 22名


     


☆同期生「夏の集い」(H19.8.27) (写真)

日 時 平成19年8月27日 12:00より 場 所 渋谷・ロゴスキー
参加者 西宮生徒監 (途中より)河合班長
浅井、有竹、池田、磯見、井上、今村、上之門、大熊、小川、梶、亀田、川井、川人、榊、櫻井、恒吉、中西、中村、中原、野村、萩田、藤野、前川、増岡、水越、山本、横山  計29名
   
会の模様
恒例の「同期生夏の集い」は、昨年と同じロシヤ料理の渋谷・ロゴスキー(名幼49期長屋君経営)で開催された(ロゴスキーでは名幼幹事会もしばしば開かれている)。

今回は、久しぶりに亀田君が参加、遠隔地からは昨年と同じく松山から川人君が参加した。(豊橋の鈴木君、名古屋の後藤君、和歌山の丸山君、浜松の河合班長などからは行きたいが体調不良、所要などで残念ながら不参加の便りがあった)

会は定刻の12:00より開催され、開会挨拶に続き、恩師・同期の物故者を黙祷を捧げた後、榊代表世話人より会務報告があった。
(要点)
・本年の物故者:八島啓、加賀雅志、高橋茂雄の三君。同期生連絡可能者:108名(丁度一個訓育班分が無くなった勘定)
・本年の第47回名幼会総会は47期が幹事(多分最後と思われる)で開催。実行委員長の大熊君からも状況説明。当日を含め47期には何分の協力を依頼。
・総会の席上で名幼会の今後について図られる  等

今回のメインイベントは、技術士の野村亨君から『生態系の現状と改善・保全について』というテーマで講話(要旨)が行われた。興味あるテーマではあったが内容はかなり難解であった。

終了後記念撮影を行い、久しぶりに出席の亀田君の音頭で乾杯して、ロシア料理を味わい
集合写真(クリック)
つつ懇親会に入った。冒頭間西宮生徒監から「健康に留意して長幼の序を乱して早死にするようなことのない様・・・・」と訓話を頂いた。

14:30頃当初不参加ということだった河合班長がひょっこりと顔を出されたのに一同嬉しいびっくり。出席したい班長のお気持ちを察し、息子さんが浜松から車で送って来たとのことであった。ここで一層雰囲気が盛り上がった。

予定の15:00、各人の健康を祈りつつ、また来年を約束しつつ散会した。
本来なら出来だけ多くの諸君の近況を聞きたい所であるが、時間の制約で実現できず残念であった。

終了後ロゴスキー内で席を改め、遠来の河合班長を囲み有志でお茶を飲みながら、久し振りの歓談をした(主として入校時2訓のメンバー)。


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☆西宮生徒監米寿のお祝い(H19.7.5)   (詳細へ)
日 時 平成19年7月5日(木) 13:00より    「東尋坊」の暖簾上の看板
場 所 新橋:北陸料理「東尋坊」
出席者
(29名)
新井、有竹、池田、磯見、井上、今井、今村、上之門、大石・息女、小川、梶、川井、後藤、榊、櫻井(元)、塩田、夫人、中西、中原、萩田、前川、増岡、松本(正)、松本(義)、水越、山本、横山若月
西宮生徒監におかれては、この七月に目出度く満88歳を迎え、心身ともにお元気で過ごしておられる。
ついてはささやかながら米寿のお祝いをということになり、世話人より声を掛けたところ遠くは名古屋の後藤君、甲府から今井君、また病漸く癒えた大石君(娘さん同伴)など約30名の同期生が集まり、新橋の北陸料理「東尋坊」で開かれた。
楽しく歓談の後、8月27日の夏の集いでの再会を約して午後3時頃解散した。

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19年新年懇親会(H19.1.23)

新年懇親会開く」
日 時 平成19年1月23日(火) 13:00より (文:榊、写真:萩田) 
場 所 市ヶ谷偕行社
出席者
(26名)
浅井、有竹、池田、磯見、井上、上之門、大熊、小川、梶、川井、後藤、榊、塩田、同夫人、中西、中原、中村、野村、萩田、前川、増岡、松本正久、松本義人、水越、山本、横山(写真「山本」「塩田夫人」欠)
 
                
 首都圏在の同期生を対象に懇親の集いを開催した。屠蘇気分も覚めた寒の真っ盛りでであったが、偕行社に相集い和やかな懇親の集いとなる。
 
 名古屋在の後藤昭君も駈けつけ総員名と主催の世話人として嬉しい本年の幕開けとなった。
 
 昨一年間の同期生の動き、行事の状況、名幼会の行事・現状等の報告があり、懇親の宴となった。思い思いの懇談・放談に時間の経つのが早い感じであった。懇談途中から出席諸君の近況吐露を期待していたが全員となると時間が足りず、不本意ながら指名有志の近況披瀝に留めた。
 
 浅井君の千葉旧軍史跡巡り勧誘、池田君の現役時代の市ヶ谷・麹町近辺の思い出、磯見君の上智大サッカー部の海外遠征・主催演劇劇団の動き、塩田君から夫人のリハビリ・療養を兼ねたカムチャッカ・沖縄奄美のクルージング、上之門君の一分スピーチの効用、松本(義)君が病後の闘病状等々、それぞれの豊かな生活心情の話に耳を傾けた。
 
 終盤は終戦直前完成した「名幼47期生の歌」を作詞者大熊君の歌詞指導で斉唱し、最後に名幼校歌を合唱し散会した。

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☆秋季同期生会(H18.10.28)
日 時 平成18年10月28日 名幼会総会終了後 場 所 市ヶ谷・みくに
参加者 西宮生徒監
浅井、有竹、池田、井上、上之門、小川(邦)、梶、川井、近藤、榊、中西、中原、中村、野村、萩田、前川、前島、増岡、水越、山本(寛)、横山  計22名
詳細へ)   

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☆同期生「夏の集い」(H18.8.27) (詳細へ)

日 時 平成18年8月27日 12:00より 場 所 渋谷・ロゴスキー
参加者 西宮生徒監
浅井、有竹、池田、井上、今村、上之門、大熊、岡村、梶、川井、川人、後藤、榊、櫻井、中北、中西、中村、野村、萩田、藤野、前川、増岡、松本(正)、松本(義)、水越、山本、横山  計28名
   
会の模様 終戦解散復員を記念する恒例の「同期生夏の集い」は、今年は趣向を変えて渋谷・ロゴスキー(名幼49期長屋君経営)でロシヤ料理を堪能しながらの会となった(ロゴスキーでは名幼幹事会もしばしば開かれているそうである)。

今回の参加者のうち、池田、岡村、藤野、増岡の諸兄は病癒え久しぶりに、また遠隔地からは川人(松山)、後藤(名古屋)、中北(鈴鹿)の諸兄が参加した。

会は定刻の12:00より開催され、開会挨拶に続き、恩師・同期の物故者を黙祷を捧げた後、榊代表世話人より会務報告があった。
今回のメインイベントは、医学博士の松本正久君から『時代変われば病気も変わる』というテーマで講話が行われた。

終了後記念撮影を行い、遠来の川人君の音頭で乾杯して、ロシア料理を味わいつつ懇親会に入った。その間西宮生徒監、浅井君など何人かのスピーチがあり、和気藹々の会となった。

予定の15:00過ぎ、各人の健康を祈りつつ、また来年を約束しつつ散会した。
本来なら出来だけ多くの諸君の近況を聞きたい所であるが、時間の制約で実現できず残念という感想を漏らす向きも多かった。

終了後浅井君が平生手掛けているボランティア振りを発揮して、渋谷・代々木周りの史跡へ案内があり、野村、今村の有志2名が同行した。


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九州地区47期生会(H18.7.12〜13)

日 時 平成18年7月12日〜13日
場 所 博多、大宰府
参加者 稲田正雄 小幡 郭 武内 斉 中島龍明 細井正春 山之口皐郎  
榊 龍雄 野村 亨( 2名は東京から参加)       計8名

   
 博多追い山ならしと九州国立博物館見学―九州47期生会―  (中島龍明記) 九州在同期生が「博多山笠」に合わせ博多に集り旧懐を深めた。7月12日〜13日の日程で参加者8名。榎本、外西、八島三君は体調他の事情で不参となり残念。 初日の12日は梅雨の晴れ間の猛暑だったが、武内君の計らいで櫛田神社の特別桟敷から「追い山ならし」を見物した。本番そのもので太鼓の合図とともに八つの山笠が駈けだし、最後は飾り山が櫛田入りしその勇壮さと絢爛さと博多っ児の心意気に暑気も忘れる感動を受ける。 懇親会は中州の老舗「河太郎」で、いかの活き造りを賞味しながら旧交を暖めた。近況を話し合い、稲田君のドイツ民謡で観武臺時代を偲び、往時茫茫名残尽きず最後は名幼校歌の合唱で締めたが、ホテルに戻ってもなお旧懐の余韻は夜中まで続いた。 翌13日は大宰府天満宮参拝、昨年設立された九州国立博物館を見学した。大陸との交流を示す旧石器時代から近世末期までの文化遺産に東京、京都、奈良の博物館とまた違った中身の豊富な展示を鑑賞する機会を得たことは大きな喜びであった。昼は天満宮ゆかりの古香庵で一献を傾け楽しく会食し、予定の午後2時に再会を約して散会した。  二日間の短い九州同期会であったが、忘れられない生涯の思い出、そして同期の絆を更に深めたものと思う。               
   


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18年新年懇親会(H18.1.17)

日 時 平成18年1月17日(火) 13:30より
場 所 市ヶ谷「みくに」
出席者
22名
浅井、有竹、磯見、井上、今村、上之門、大熊、尾崎、梶、後藤、榊、塩田、同夫人、
恒吉、中西、野村、萩田、前川、松本正久、松本義人、山本、横山

出席者の1/2 出席者の1/2
           
珍しい顔ぶれとしては、名古屋より遠路参加の後藤君、高齢者施設園長を退職しヒマが出来た医博の松本正久君、心臓手術からすっかり回復した松本義人君、また奥様の病気が回復しご夫婦共々出席の塩田君の諸兄が久し振りに参加し歓迎された。
また当初参加を申し込みながら、この会を失念した者が2名あり残念なことであった。
☆昨平成17年は徳升、徳村、鍬塚の3君が逝去、物故者は54名となった。冒頭物故者に黙祷。連絡可能者112名、音信不明者14名
☆榊世話人より連絡事項
・本会には西宮生徒監も当初出席される予定であったが、体調若干不良でご欠席
・健康状況    
回復して参加 中西、松本義人
ほぼ回復 池田、岡村、武内、松田、増岡
手術・治療・療養等 阿部、青田、五十嵐、渋谷、稲田、池谷、大石、高松、戸崎、花本、
福地、藤野、二三四、中川
       :
・行事予定:夏の集い、秋の同期生会等は例年通り開催の方向で考慮中。
・明平成19年の第47回名幼総会の準備:年末の拡大世話人会で、名幼会幹事でもある大熊、梶、横山の3君を中心に着手することにした
・観武臺碑等の保存の将来を、名幼会の将来とともに真剣に検討しなくてなならない
・同期生の動向・消息に取りこぼしのない様、相互の情報交換を緊密にされたい

☆出席者からのスピーチの主なもの

・中西:昨年秋、胃の検査を受けたところ、組織採取の事故?で緊急措置を受け、暫く入院する羽目になってしまった。幸い回復したがつくづく人間の運というものを考えさせられた。 

・野村:最近「陸軍幼年学校体制の研究」(野邑理栄子 吉川弘文館 \8,500)という本を発見。やや高価であるが、良く書かれていることとともに、30歳代の女性の著作であることに感心した。
日清戦争後の新しい制度の幼年学校が発足したが、不十分な中学校教育が確立するまでの暫定的な制度としての側面を持ち、また常に国の予算難で廃止論が盛んで苦労しながら、幼年校制度が確立し行った有様が書かれている。

・塩田:昨年は回復した奥さんと船旅のツアーを楽しんだ。手始めに夏の東北三大祭り巡りをして、年末年始にはグアム・サイパンの旅を味わった。船旅は乗り物・ホテル・食事などがセットになって意外と便利なものであった。諸兄にお勧めする。

・井上:(アルバムを回覧しながら説明)11年前の平成7年1月17日(火)AM5時46分、阪神淡路大震災が起きた。この時同期生の我孫子(森)典郎君が死去した。彼は毎朝ジョギングをするのを恒例としていたが、この朝もジョギングをして帰宅、洗面所で汗を拭っていたところに災厄にあった。(井上は)約1月後の2月12日に現地へ行き見舞い写真を撮った(崩れた我孫子宅ご家族

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秋季同期生会(H17.10.29)

日 時:平成17年10月29日(土) 名幼総会終了後
場 所:みくに
参加者:19名 

井上、今村、上之門、小川、尾崎、梶、川井、榊、恒吉、中原、中村、野村、萩田、前川、前島、水越、増岡、山本、横山

詳細は
 「秋季同期生会」の詳細 参照のこと


☆離校60周年「橘中佐墓碑・観武臺・伊勢を巡る同期生会」
 
  ○期  日:平成17年9月27日(火)〜28日(水)
 ○旅行行程:
   名古屋駅・集合11:00→橘中佐墓碑(平和公園)→観武臺(中部管区警察学校)
      →(鳥羽シーサイドホテル泊・懇親会)→二見ヶ浦→伊勢神宮外宮
      →伊勢神宮内宮→名古屋駅・解散16:00頃(全行程貸切バス)

 
○参加者:
有竹、井上、今村、大熊、尾崎、梶、川人、近藤、後藤、榊、高橋、中北、中島、中村、野村、萩田、平井、福冨、山本、横山、吉岡      小計 21名
池野夫妻、石川夫妻、釜井夫妻 小計  6名
総計 27名
「橘中佐墓碑・観武臺・伊勢を巡る同期生会」の詳細

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☆同期生年末忘年会(H16.12.16)

日 時:平成16年12月16日(金)  13:00より
場 所:偕行社 2F 和室
参加者:19名

有竹、池野、磯見、井上、今村、大石、大熊、岡村、尾崎、梶、川井、榊、鈴木、中西、中原、中村、野村、萩田、横山 (出席予定の池田は体調不良で取り止め)
一同勢ぞろい一同勢ぞろい 「たまご」中西講師「たまご」中西講師

卓話:「たまご あれこれ」 講師:中西久二

@卵は戦後の物価の優等生(最近はかなり値上がりしているが)
飼料・雛など価格の70%を占める費目が戦後対ドルが約三倍になり寄与
経営合理化 飼養農家450万戸→5000戸 
鶏数 4000万→2億弱羽  多数飼育技術の向上 
自給率ほぼ一貫して96〜100%等々

A値段の決め方 需給均衡政策 液卵公社などにより 液卵化等で調整
卵の我国生産量:世界第3位(252万トン) 国民1人当たり消費量:第1位(年間324個)

B卵と健康
卵白の殺菌作用で表示賞味期限は安心
コレステロールが増えるというのはウソ(肝臓がコレステロールの調整機能を持っている
卵黄にはアルツハイマー予防効果があるといわれている  等々

その他
大病からの生還経験(鈴木、岡村など) 等々

席上、福井県大野の故田中昭三君夫人から例年のように名物サトイモの煮付けが寄贈され、一同で賞味した。
無事越年よき年を迎えることを誓い合って散会




☆秋季同期生会(H16.10.30)

日 時:平成16年10月30日(土) 名幼総会終了後
場 所:霞山会館B1 レストラン 花山
参加者:23名 

西宮生徒監、45期安田さん、浅井、井上、今村、大熊、小川、尾崎、工藤、近藤、榊、鈴木(同夫人)、恒吉、中西、中原、中村、野村、萩田、前川、水越(同夫人)、横山

詳細は 「秋季同期生会」 参照のこと

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☆同期生「夏の集い」(H16.8.27)

H16.8.28 グランドヒル「市ヶ谷」で、恒例の「夏の集い」が開催された。

参加者は、いつもお元気な西宮生徒監を初めとして43名(出席予定の河合班長は直前に入院欠席)。ご夫人同伴は石川、大石、鈴木の諸兄。珍しい諸兄は久しぶりに体調不良だった池田・鈴木のほか、櫻井眞、藤野、そしてあるいは遠方より川人、中北、吉岡(秋は都合が悪く、この会にと)等の諸君が出席。開始前には参加者は元気な顔を揃えた。

定刻の11:00から物故者への黙祷後、増岡鼎君の講演、写真撮影、懇談会と予定通りに進行した。歓談会に先立ち榊代表世話人から近況報告があり、同期生消息、行事等の報告があった。

○しばし懇談の後、秋の名幼総会に向けて「名幼四十七期生」の歌を完全にマスターするため、軍歌演習特訓を行った。

  「同期生夏の集い」詳細へ
○主な報告事項

・同期生動向:この一年で4名が逝去(1/28酒井(横山)滋、2/28廣瀬壽昭、2/4東典男、7/18金子重志)。入校180名のうち、物故者51名、消息不明等を差し引き現在連絡可能者116名。
校別 47期 48期 49期 校合計
仙 台 38 36 27 101
東 京 69 137 93 299
名古屋 45 24 11 80
大 阪 13 49 23 85
広 島 51 68 13 132
熊 本 57 54 34 145
期合計 273 368 201 842

・前回の名幼総会後の同期生会は参加者は29名であったが、今年も昨年と総会も同期生会も同じ場所(総会:霞ヶ関ビル・東海倶楽部、同期生会:花山)で開催。多数の同期生参加が見込まれる。

・終戦時名幼在校生の偕行社会員が少ない。是非加入者を増やしたい
・特攻隊戦没者慰霊平和祈念協会(最近山本名幼会長が会長に就任)への入会を勧誘。

・9/16長崎千々石の橘神社での橘軍神百年忌祭への参拝団は名幼関係26名で47期は計10名(東京:4、名古屋:4、九州2)で現地熊幼から8名が参加)。偕行社から戸塚理事参加。



☆同期生忘年懇親会 平成15年12月16日(火) 16:00より
 偕行社で開催 参加者 21名
冒頭、岡村和夫君の時局考察を約一時間ほど拝聴。
時あたかもフセイン元大統領が捕まった時期だけに盛り上がった。毎回のことながら同期生の会合には天下の解説者岡村君の講話が聴けるのは大変幸せというべきか。
引き続き懇談に移ったが、同期生の消息として新たに若干健康を損なった者もある旨、榊世話人から状況報告があった。おおいに盛り上がった一時を過ごした後、先般CD化した我が「47期生の歌」を、来年の名幼総会で堂々歌えるようにするため、作詞者大熊君の指揮で軍歌演習に励んだ。
最後に会員の来年の健康を祈念して散会した。

●従来46期が担当していた名幼会の事務局長と同代理を、本年より

 
☆同期生会  崋山会館
   平成15年11月11日(火) 
第43回名幼総会の後開催
 
 45期模範生徒:遠藤さん、安田さん  同期生:25名
 
  来年は44期が幹事で、 来年の名幼総会では各期の同期生歌を披露することになった。
  47期は先般CD化配布した「47期生の歌」を作詞者大熊君の指揮で歌うことにした。
   参加者:西宮生徒監殿、河合班長


☆同期生夏の集い 平成15年8月27日(水)
  
於グランドヒル市ヶ谷
   参加者:西宮生徒監、中井班長をはじめとした。 合計40名


☆陸上自衛隊東部方面音楽隊見学(朝霞駐屯地)  平成15年7月22日(火)

「同期生の歌」を始めて吹奏楽の演奏で聞く。音楽隊の隊員による歌唱もあった。その他名幼校歌、同行進曲、橘中佐、山紫に水清く、血潮と交えし, 豊栄昇る等CDに収録して配布
47期生の歌については本ホームページの「47期生の歌」を参照のこと。





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