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仙幼47期ホームページの閉鎖
幼年校関係のホームページは、当名幼47期以外に仙幼47期、仙幼48期、熊幼48期6訓、さらに先輩期として陸士60期の一部に広幼45期があり、それぞれが同期生の絆として活躍し、またお互いに競い合い切磋琢磨してきた(と信じている)。
ところがこの平成20年1月末にて仙幼47期のホームページが諸般の事情により閉鎖することになった。やむを得ない事情とはいえまことに残念である。
各幼年校の会も老齢化の故をもってそれぞれ終息も模索しているようであるが、ホームページも同じ傾向が現れ始めたようで、淋しい限りである。
ホームページは駄目になっても、仙幼の諸兄とは偕行社での同期生の会合がたまたま同じ曜日であるので、今後は今まで同様そちらの方でご懇意願いたい。一方では各校の同期が結集しようではないかという明るい動きも見られる。
当ホームページはここ暫くは続けて行く努力をするつもりである。何分の応援をお願いしたい。(2008年2月12日)

大熊昭三君「トイレマーク見てある記
大熊君は予て仕事の合間に登山、海外の旅行など活発に行ってきた。以前その見聞の成果として洒脱なエッセー「トイレマーク見てある記」(文芸社 2000.2)を発刊していたが、現在この本の続編とも言うべきエッセーを友人のホームページに掲載している。その執筆のペースは1週間あるいは10日毎くらいの健筆ぶりで、脱帽である。
このほどそのホームページ「ユーモアクラブ」の管理人氏と大熊君の了承を得たので、本ホームページ「関連サイト」からリンクを張った。せいぜいご覧頂きたい。(2007年6月30日)

「アルバム」(サンデー毎日別冊「一億人の昭和史」と対比)の充実
先日故郷に住む従妹からこの本を送ってきた。手紙によるとたまたま古本屋でこの本を発見、自分も既に持っているのに無意識に購入したので送るとあった。この従妹の父親も大幼22期の軍人である。女性でもDNAのなせる業か。かねて買い損なって残念と持っていた本であるり、大いに感謝した次第である。
つくづく眺めていると故阿部君尽力の「名幼47期写真集には同誌掲載」と銘打ったものがあり、できるだけ註記して「アルバム」に搭載したが、この本によるとまだまだ抜けていることが判った。急遽両者を対比して補強した次第である。(2006年10月2日)

●松本博士の医学講話

今年の恒例の「夏の集い」は、例年通り8月27日、趣向を変えてロシア料理の渋谷のロゴスキーで開かれた。毎度のことながら世話人の諸兄にお礼を申し上げたい。
今年の圧巻は医学博士松本正久君の「時代変われば病気も変わる」の題での講話であった。
ホームページ管理人としては、会の写真はもちろんのこと、テープレコーダを用意し録音をしたまでは良かった。しかし迂闊にもその前の榊世話人の会務報告までで電池切れ、帰って聞いたら何にも録音されていなかった次第。

大慌てで榊世話人の録音テープをもらうやら、松本講師に査閲を願うやら大騒動の末やっとホームページ・アップに漕ぎつけた次第であった。何しろ医学用語も多く苦労したが、お蔭様で今までにない内容の濃いページが出来た。改めて松本講師、榊世話人にお礼を申し上げる次第である。(2006年9月12日)

●ホームページ感懐

当ホームページは平成15年10月に開設して3年近く経過し、本日(2006年7月8日)アクセス回数は 8,888 をカウントした。

当初つつましやかなホームページであったが、だんだん大きく複雑になり、左のフレームにメニューを設けたり、またデジカメを大いに利用した結果容量が急激に増大し、これに対処するためYahoo!の「別館」設けるなどして凌いできた。

なんといってもホームページの魅力は内容である。同期生諸兄の絶大な応援に励まされ力が湧いて来て、ない知恵を絞っている次第である。

ホームページの内容は、現在の同期生を取り巻くニュースの速報は遅れないように心掛けているが、なんといっても我がホームページの売物は在校当時の記録・画像の充実である。これには先日物故した阿部君が前任世話人のこれも物故した桑原君の遺志を継いで尽力完成した「名幼47期生写真帳」に負うところが大きい(最近これらを収録した「アルバム}の抜本的に改善・充実を図ったが、今後さらに改良を加えてゆく予定)。

この写真や記録を適宜抜粋掲載することで、ホームページの内容を重厚にすることが出来た。改めて感謝する次第である
今後も一段の努力をしたいものである(2006年7月8日)。

●新年を迎えて
平成18年(西暦2006年)の新春を迎えた。編集子も昨年喜寿を越えたが、特に健康上に支障もなく過ごし、わが「名幼47期生ホームページ」を続けることが出来、嬉しく思っている。何時までも同期生の消息を伝えるこのホームページを続けたいものである。
アクセス件数は1月8日12:00ごろ 7,000件を越えた。ホームページの開設以来それだけ見た頂いていることであり。有り難いことである。いまさらいいアイディアも出ないのが残念であるが、諸兄に飽きられないよう努力したい。諸兄の健康を祈るや切である。(2006年1月8日)

●60年前の川柳会員の面影
川柳の会「句即快」では、7月下旬合同句集(二)を上梓した。
今回の重要課題は「喜寿」である。全員そのとおり喜寿の熟年の風貌になっている。そこで「名幼47期写真帳」から60年前のメンバーの写真を載せてみた。
当時の写真は自画自賛であるが、正に紅顔の美少年、本当に難関を突破して入校した天下の秀才達の意気正に天を衝くように見える。
なんだか昔のほうが立派だったような気がしてきた。(2005年8月19日)  

●アクセス件数5,000件突破
平成15年秋にホームページを作成開始して2年近くになった。
月5日にアクセス件数が5,000件を突破した。この7月に「60期ホームページ」の関連リンクに登録していただいてから、アクセス件数の伸びが大きくなったようだ。
また「Google」のような権威ある検索Webでも「名古屋陸軍幼年学校第47期生」と入れるとヒットするようになり、どうやら一人前になったような気がする。

このホームページを搭載しているNiftyのアクセスカウンターは、1日の内で立て続けにアクセスしたり、アクセス中に画面上部のツールバーの「更新」をかけてもカウントアップせず、アップ基準が辛いようだ。これに比べ他のプロバイダーのものは大盤振る舞いで、アクセスする毎はもちろん、「更新」しもどんどんカウントアップするようだ(お試しあれ)。
何はともあれホームページを主催する者にとっては、アクセス件数は何よりの薬。これからもたくさん見ていただくよう精進したい。(2005年8月6日)

●「軍歌」に「名幼47期生の歌CD版」の曲を収録
当HPでは当初電話回線(ナローバンド)向きに作曲した軍歌を収録して、特色の一つにもなってきた。しかし最近はADSLや光のブロードバンド(BB)回線がかなり普及してきており、またホームページの容量を40MBに倍増したので、もう少し堂々とした曲も収録することにした。幸い「名幼47期生の歌」をCD化するのに当たって、東部音楽隊の演奏と歌唱を頂き幾つかの軍歌曲をCDに収録してあるので、追々収録することにした。それぞれの曲で(BB回線)とある「メロディー」をクリックして聞いてください。(2005年7月8日)

年校他校他期へのリンク
当HPでは他校へのリンクは、「仙幼47期」(岩瀬氏)とエールの交換後設定していた。
しかし先日偕行社において「60期HP」の推進者の一人辻奐児様(広幼45期)に我HPのことをお話したらたちまち「60期」のHPでリンクが設定された。また最近仙幼48期も小生存知よりの吉田氏が新たにHPを開設し、既設新設のHPを問わず、それぞれが他校他期HPとのリンクを設定をする状況になってきた。
我ホームページは本来同期生の絆強化が主たる目的で、リンクもなるべく張らない方針であったが、この情勢を勘案し、思い切って他校他期ホームページHPへのリンク設定に踏み切った。同期諸兄にはこれらHPをどうか閲覧して、他校他期の動向を把握し、感想・意見を寄せられたい。(2005年7月7日) 


●「表紙 管理人宛メール」を削除
最近とみに増えている Spam Mail は鬱陶しく手を焼いている。NortonのSecurity System などで防止しているが、最近の傾向として我が方のメールアドレスが正確のなものが多い傾向にある。その対策の一環として、当方のメールアドレスを無防備に晒している「管理人あてメール」を削除することにした。(2005年6月29日)

●「他サイトへのリンクの張り方」エチケット
今まで他のサイトへリンクを張る時、自分のページの左側のメニュー(フレーム)がそのまま残っていた方が便利と考えて、右ページに表示するように設定していた。
最近あるホームページの基本テキストを見ていたら、最小限のエチケットとして「別のウインドウで開くこと」とあった。考え見れば他人のページを我がページの一部のような形に表示するのは誠に失礼な話だった。直ちに他ウインドウで開くように、お詫びを念じつつ訂正した次第である。(2005年5月29日)

●「川柳・吟行」の収録
川柳の吟行は、この3月29日で15回を迎える。第1回の上野・花見以来いろいろな会があった。途中からデジカメを装備してその点景を添えることになったが、それ以前は写真が揃わない。思い出すまま駄文を連ねたが、ご想像の上ご覧頂きたい。例会の方ももう少し整備することが多いが、今後の課題とする。(2005年3月21日)


●日露戦争特別展
今年は日露戦争百周年ということで、偕行社もいろいろな行事が予定されている。そこで国立公文書館アジア歴史資料センターのホームページで開かれている「日露戦争特別展」にリンクを張ったので、諸兄にはせいぜい閲覧されることを願います。(2005年1月30日)

●「偕行」誌の表紙画
仙幼47期の長澤政輝氏はカデットの中にあっても著名な画家であり、かつて「偕行」誌の表紙を長らく描いてこられた。この長澤氏のご好意により名幼に関係の深い原画三点(名古屋城、犬山城、吉野山)を頂戴することができた。そこで「名幼の歴史」の中の「在校記録」でそれぞれの行事の所に掲載させていただいた。厚くお礼を申し上げると共に、諸兄も是非じっくりとご覧頂きたい。なお原画を一旦デジカメで撮り掲載したので色調が完全でないとすれば編集子の責任である。(2005年1月8日)

●謹賀新年

戦争、災害、拉致等々多事多難な平成16年が終わり、新しい年を迎えた。
今年は総てと言わないが、せめて幾つかは願わしい方向に行って欲しいものである。諸兄がご健康で末長い絆が続くことが一番の願いといえようか。
(2005年1月3日)

●ホームページ開設してから1年を振り返って

昨年秋、同期生の集まりで一杯飲んだ勢いで乗り出して、47期のホームページを開設してからほぼ1年だ経った。(開設の状況は「たちばな」59号参照:要旨はこちらへ)
最初はPCに添付されていた簡単な作成プログラムから始まり、本格的な作成ソフトである IBMホームページ・ビルダーを導入してから作成スピードに勢いがついた。12月3日でアクセス件数も 3,000件を越え、まあまあのホームページに成長した。
始めは次から次へとアイディアが浮かんだが、ここのところ少し沈滞気味である。この状態を利用して懸案のフレーム構造化も成功して、一段落となっている。
今後はじっくり構想を練りその実現に努めながら、また今までの内容で洗練されていないところの改善の二本立てで行きたい。

この間、同期高知在住の松岡君や、仙幼47期のホームページも開設され、意見を交換したりしていい励みになっている。
ご覧の諸兄からもグッドアイディアの提供をお願いしたい。(2004年12月7日)

●我が47期のホームページを開設してからほぼ1年、予ねて考慮中であったフレーム構造の画面(目次が左にあり、そこをクリックすると右の画面だけが切り替わる構造)への大改造に踏み切ることにした。詳細は下記「HPの改良」を参照のこと。
このHPは切替に成功してご覧戴いているであるが、ご感想は如何でしょうか?(2004年12月1日)

●今月は行事が多い。9月16日の橘中佐百年忌から名幼総会、秋の同期生会と立て続けでHP編集者はかなり忙しかった。同期生会になると何があったかメモも疎かになり、一苦労であった。これからは年末の行事で忙しくなりそうだ。(2004年11月8日)

「軍歌」のページで各幼年学校校校歌の競演を行っているが、残念ながら広幼のみが楽譜が入手できずに未完成であった。このたび陸軍ならば何でも来いという広幼47期の奈良保男氏から楽譜が入手でき、これで6校の校歌がメロディーを含め全部揃った。是非諸兄には聞き比べて頂きたい。(2004年10月10日)

10/8の第56回47ゴルフコンペが開催された。台風がらみの悪天候が心配されたが、少しばかりの糠雨で済んで何よりだった。同期生会員一同だんだん歳をとって、乗用カート利用の誘惑が強いが、我らの西宮生徒監殿が颯爽として歩いてプレイをされるのを見ると、我々も黙って歩くことになる。見事なご指導に脱帽。いつまでも頭が上がらない。(2004年10月9日)

軍神橘周太中佐百年忌祭が9月16日、長崎県南高来郡千々石町の橘神社で開かれ、名幼からも参拝団が行った。その報告が榊君から寄せれたが、写真で示すように大変立派な神社で、橘軍神のお孫さんが最近神職の資格を取って奉仕されておられる。参拝団全員で所縁のの軍歌を歌い、幼年校当時から仰ぎ見た軍神の遺芳に触れ、粛然としたとある。(2004年9月25日)

●幼年学校各校の校歌を取り揃え(広幼だけが楽譜未入手)、オンパレードにしてアップした。勝手にメロディー化し、何校かにはお聴き頂いたが、そうでなお向きは各校の諸兄からお叱りを受けそうである。どしどしご叱正を頂きたい。(2004年9月17日)

●「句即快乃会」は発足以来、毎月定例句会や年2回の吟行を開いて活発に活動している。昨15年8月その中間的な集大成の合同句集を上梓したが、惜しむらくは発行部数が少なく同期生諸兄にご披露という点では今だしの感があった。今回その句集を掲載することにしたのでご覧頂く対象が一挙に広がるので、その反応が楽ししみである。(2004年9月1日)
その後体裁を縦書きにするなど川柳の句集らしくしたらどうかなどの意見があり、HPの縦書きは容量が大きくなるなどいくつかの問題があるが、めったに出さない句集なので、縦書き句集に変更した。
(2004年9月12日)

●8/27 あの時から59年目にあたる、恒例の「同期生夏の集い」が開かれた。出席予定の河合班長が直前に入院されて欠席になったほかは、43名が予定通り出席した。いつも若々しくお元気な西宮生徒監殿のもと、いつまでも皆健康で過ごしたいものとつくづく思った。
一方では残念ながら本人あるいは奥さんが体調を崩して、格闘中の諸兄もあり、一日も早い本復をお祈りする次第である。
毎度思うことは遠隔地で出席が難しい向きに会えないのは残念である。このホームページの写真などをみて、談話室などを利用して消息を知らせて交流を深めてください。
また準備等に努力された世話人の方々に感謝したい。(2004年8月29日)
 
●厳しい残暑が続いています。5月以降実施中の靖国神社、千鳥が淵墓苑、自衛隊殉職者慰霊碑への参拝に参加した。改めて身の引き締まる思いであった。
名幼47期参加者はやや少ないようなので、近隣で都合のつく方の参加が期待される。次回は12月。(2004年8月19日)

●仙幼47期も最近ホームページを開設された。開設にお祝いを申し上げたい。
もともと予科に行けば同期となった関係、IT時代に連携を深めめるのもまたご縁。了承を頂きリンクを張らしていただくことにした。(2004年8月10日)

●西宮生徒監は、最近インターネットを始められ、本「47期ホームページ「も良くご覧頂いている。「山崎軍神」の記事をご覧になり 『あまり人に喋らなかったかもしれないが、山崎軍神の記事を見て、感激するとともに、隊付時代を思い出す』とメールを頂いた。

「53期は、昭和12.4陸軍士官学校予科に入学、昭和13.5、予科卒業、隊付、上等兵,伍長と進み、軍曹で9月座間の本科に入学となった。
予科を卒業後の隊付きで、本科に入るまで3ケ月(短縮)松本50聯隊に配属、その時聯隊は大陸で活躍中、厳密に言うと留守隊と称し、その留守部隊長が山崎保代中佐であった。」

士官候補生として接したこの3ヶ月の思い出を寄せれた。その要旨を「山崎軍神」のページに乗せさせて頂いた。(2004年8月6日)


●平成16年もはや8月の声を聞いた。我がHPも大分乱雑になってきたので、特にお「お知らせ」「消息」「編集後記」などの部分で、年前半分を過去の記録へ移し、小整理を行った。床屋へ行ってさっぱりした気分である。(2004年8月3日)

2004年5月1日にコメントしたとおり、「橘中佐(下)」は楽譜がなく、うろ覚えでメロディー化して、楽譜の提供をお願いしていたところ、東幼48期内山氏より楽譜の提供があった。早速メロディー化したが我流のものと比べ、大分違っていた。御蔭様でチャンとしたものになった。多謝。(2004年8月2日)

●我がHPも同期以外の各位も見ていただいているようです。感想や誤りの指摘も頂いています。ありがたい限りです。今後ともよろしくお願いします。(2004年8月2日)

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HPの改良など

管理人宛メールボックスの廃止
先日掲示板に迷惑書き込み対策を行なったが、その後も暫くの間出会い系の猥褻書き込みなどが続いた。しかし最近は書き込んでも管理人が容赦なく掲載前に削除するので、諦めたのか滅多に書き込みがなくなった。

一方本ホームページには「管理人宛のメールボックス」を設置してあったが、ここの所同様の手合いのいたずら・迷惑メールがめっきり増えてきた。考えてみればいたずらの標的を晒しているようなものである。この際撤去することにした。
管理人宛は「掲示板」に書き込んで頂きたい。公開前に管理人が目を通すので公開を希望しない向きはその旨付けて頂ければ配慮します。
つくづく世の中には下らない趣味の暇な連中がいるものである。このため折角の便利な機能が台無しになってしまう。(2007年1月30日)

掲示板の公開方法の改善
メールには毎日々々迷惑メールが舞い込んでくる。そのしっつこさに呆れるばかりであり、対策に追い終われている。
「掲示板」は書き込み自由にしている。ホームページ開始の当初は同期生等の限られた人々を対象にするため、書き込みにはパスワードを使って書き込むようにしていた。しかし不自由なのでパスワードなしにして、恙無く今日に至った。
しかし最近迷惑な(猥褻な)書き込みが多数毎日のようにあり、削除の追われるようになった。いっそのこと掲示板を止めようかと思ったが、掲示板の機能をよく調べると「書き込み即公開」でなく、管理人が「チェック後公開」できる機能があることが判り。これにより公開のタイミングが若干遅くなるが、迷惑な書き込みがストレートに公開されないように出来た。
最近低調になっているが、皆さんにはぜひ楽しい話題を提供願いたいものである。(2006年11月1日)

●表紙「将校生徒徽章」の更新

我がホームページの表紙は、懐かしい将校生徒徽章を真正面に配置している。
従来の徽章は、萩田君のビデオカメラで静止画の一こまを頂戴して、幼稚なソフトと腕で何とか作成したものであった。
最近つくづく眺めるといかにも貧素なので、最新のデジカメで撮影して作り直した。「名古屋陸軍幼年学校第47期生写真帳」表紙に使用してある徽章図を利用(ここでも最近亡くなった阿部君が作成に努力した成果が役立った)。

その手順は、「デジカメで撮影、画像処理ソフトを使って、余分な部分を削除、線を引き直し、それらしい色を思い出しながらで化粧を直して完成」という手順を踏んで作成した。本年5月に作成したものを8月に搭載した。

表紙の徽章をクリックすると拡大した徽章になる。必要の向きはダウンロードしてお使い下さい。(2006年8月3日)


●「アルバム」のサムネール化
昨年、ホームページの容量が窮屈になり、「在校時の写真」は別館に移動し、「オンラインアルバム(Nikon)」に収容した。しかしこの「オンラインアルバム」はどうも使い勝手が悪く、改良が懸案であった。
今回思い切って通常使われている、見出し一覧写真で見る「サムネール」に変更した。在校記録にある年表と併せ表記したので、本館などで使っている画像表示方式と同じになり見やすくなったと思う。
本館のホームページの容量もNiftyが20MB→100MBと大幅に増加したので、俄然余裕が出来た。(2006年6月3日)


●「アルバム」を「別館」へ移動
Niftyを利用する「本館」は、契約容量40KBに対して後8KBしか余裕がなくなったので思い切って「アルバム」を余裕充分の別館に移動した。
丁度同期生新年会で塩田君が「グアム/サイパンの船旅を楽しんだと報告があったので、紀行文・写真の提供を頂いてサムネーイル方式で掲載した。諸兄からの寄稿をお待ちする。
今後在校時の写真(オンラインアルバム利用)も順次切り替えて行きたい。(2006年2月1日)


画像呼び出し(リンク)の工夫
ホームページには画像が欠かせない。画像の掲載の仕方にもいろいろある。一般的には
@写真をそのまま載せる(ただし呼び出し、格納の負担にならないように写真は小さくする)
A小さい写真(サムネール:爪の大きさ)を並べ、これをクリックすると拡大した写真が出る(これには別のページに拡大写真を載せ、説明文を載せた懇切なものと、単に写真が拡大して出るものがある)

いずれにしてもAの場合は小さい写真から大きいページ(あるいは画像)画像にリンクを張るテクニックである。
リンクのもとは画像、文字、画像などいろいろな方法があるが、地図などの大きな絵の中で、目的の範囲を区切ってそこからリンクを張り、指定した範囲内をクリックする方法(イメージマップ)がある。
この度小手馴らしとして、川柳「第1回吟行:上野花見」(ホームページ別館:川柳)で試してみた。地図上の要所要所をクリックすると拡大写真が出る。是非お試しあれ。(2006年1月15日)

●Yahoo!ホームページの利用で容量増加
兼ねてからホームページに画像を多用するようになってからの容量がすぐ一杯になるのが頭痛の種であった。Niftyはプロバイダー提供のホームページ基礎容量がADSL以下は20MB(光は100MB)で、すぐ一杯になり以前毎月800円追加して20MB増やし計40MBにしていた。先日あと残量が2MBになってしまった。今までオンラインアルバムなどを併用の工夫をしてきが、ホームページ本体にくらべると今一。ついに新しい画像付き記事を入れるたびにどこかを削るという事態になってしまった。年金暮しではもう有料で容量増といわけにはいかない。

従来「ご意見ご感想」を受けるため、メール差し出しリンクを設けていが、これは迷惑メールなどの絶好の鴨になるとかで、除去してしまった。無料のWEBメール(Yahoo!、Hot-Mailなど)で惜しげの無いものを利用し、これ用のメールアドレスを獲得。ご意見箱のメール受付を設置した。

この過程で連鎖的に無料のYahoo!ホームページを利用して、容量を増やすことを思い付いた。容量は50MB。
 
本館と別館(書庫?)の分担は、始め古くなった内容を別館に回そうかと思ったが、結局とりあえず娯楽的・趣味的なものを別館とした。本館との間でリンクを張っても意外とスムーズに切り替わるようである。そのうちにそれぞれのメニュー項目から直接相手の特定ぺ-ジへ飛ばせて見ようと思う。容量の問題も暫く息をつけそうである。

別館は無料なので広告が出て若干鬱陶しいが、事情をご賢察の上、どうか本館と別館の間を気楽に行き来してホームページを楽しんで頂きたい。(2005年11月21日)


●外部オンラインアルバム利用した「名幼アルバム」を新設

前々から在校時の写真を収録したいと思っていたが、何しろ容量を食う。そこでかねて研究中の外部の「オンラインアルバム」を利用した「アルバム」を新設した。無料であるが、容量、期限などいろいろ制約が多い。とりあえず建物などなら始めたが、追々他の写真なども収録して行きたい。(2005年7月1日) 


ホームページの容量は次第に増えて、最近では20MBの制限に対して19MBを占めるまでになってきた。
矢張り画像を多用すると容量が休息に増えてきたようである。といって画像がないと何か気が抜けたようで物足らない。

ページを追加してサーバーにアップロードしようとしても滑らかに行かなくなり、いろいろ支障が出始めた。そこで若干有料負担増になるが思い切って倍の40MBに増やし、当分凌げることになった。

いずれ古い内容は整理してお蔵入りにすることは不可避であるが、要望があれば何とか引っ張り出してご覧い入れる方法も研究が必要であろう。(2005年6月12日)

●「六幼関係」は「偕行社」と同じページで収容してあったが、次第に分量も増え混乱してきたので、今回分離分割してスッキリさせた。前回の大混乱があったので慎重に作業したが、これだけでもあちこちにリンクが張ってあるのでかなり厄介な作業になったが無事終了した。今後混乱の著しいところは分離してスッキリさせたい。(2005年6月4日)

ホームページの内容が段々増えてくると、アチコチが乱雑になっているのが目について仕方がない。しかしリンクと各ファイルを整理するフォルダーの関係がいまいちよく分からない。
こんな状態で不用意に整理を始めたら、大混乱が発生。諸兄にお見苦しいところをお目に掛けてしまった。
難行苦行の末、今回の修復作業の中には若干のページ改善も加え、3月7日現在概ね治った。しかしサムネールの画像が多い「吟行]は後回しになってしまった。今しばらくのご猶予を頂きたい。(2005年3月7日)→
2005年3月16日全面回復完了

●やっとの思いでフレーム構造に切り替えたが、どうやら大混乱もなく動いているようだ。
しかし細部を見ると リンクが一部おかしい 画面が窮屈で右のほうが切れる(お気に入りを開いたままの場合は特に) など気がついたり、感想を頂いたりで、ケース毎に対処で追われている。どんどん改善して技術的にも洗練された
HPとしたい。(2004年12月4日)

フレーム構造に大改造へ踏み切ったが、当初300キロバイト程度だったホームページも、今や8メガバイトにもなっている。大分手こずりそうである。このため

@フレーム構造のHPを用意する
A暫定用工事中の表紙をしばらく掲げる。その後センターの今までのページを全部削除して大掃除する
B@で用意した新しいHPをアップロードする

手順で切るかえる予定で切り替えた。(2004年12月1日)

最近は新しい内容のアップばかりに気を取られていたが、ふと初めからあるページを見直すと、色の配合、字配り、見易さ、リンクの張り方など、気になるところが目に付く。取りあえず改良した。おいおい見直して行きたい。(2004年11月14日)

トップページに「トピックス」の見出しを入れて、新しいニュースが直ぐ判るようにした。(2004年10月11日)

当47期HP編集局も遅ればせながら9月末で、やっとADSLを導入した。従来回線が遅いため他のHPで軍歌等が途切れ途切れに聞こえていた。もっともこれが軽量でメロディーを表せるMIDI形式の勉強を始めた原動力でもあった。光回線ほどは速くないにしても、大分視力・聴力が上がりまた手先まで敏捷にような気がしている。(2004年10月3日)

●「ラッパ号音:幼年学校・予科・本科」に旧陸軍の喇叭手のアニメを作ってみた。まだ動きが3方向しかない幼稚なものであるが、追々改良してゆきたい。(2004年8月7日)

●今回の整理後のHPの大きさをチェックすると、昨年11月に300KB足らずでスタートしたものが、今や 
4.61MB にもなってしまった。そのうちに、古いもの・蛇足・重複などを徹底的に切り捨てるときがくることであろう。(2004年8月3日)



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編集子控HPの改良|その他
談話室
かねてから「掲示板」は同期生が気兼ねなく投稿できるようにと思い、パスワード付にしてきました。しかし萩田さんの園芸情報が休止してから、ぱったりと寄稿が止まってしまい、淋しくなりました。
他方、同期生以外でもHPをご覧の向きも大分あるようなので、この際思い切ってパスワード付を止めました。多くの皆さんからの投稿をお待ちしています。(2004年8月5日)

●談話室に「掲示板」を開設しました。
ただし広告付きの外部のものですので、どんな具合になるのやら?小生もいろいろ研究してみます。談論風発のサロンになればと思います。
その後ホームページを開設しているNiftyのものに変更しました。

●掲示板は,公開されていると思うとなんとなく投稿しにくいせいか全く投稿がありません。一案としてパスワード付きの同期によるメンバー化を考えて見たいと思いますが如何? 楽に意見が言えるのではないでしょうか。各位のご意見を聞きたいと思います。メールをください。

名幼会幹事会でアナウンスして、同期生以外にも広く見ていただくようになったので、今のままでいいのではと思ったりで、決めかねています。

当分今のままとします。(2004.3.9)
   
ラッパの音が出ないという方へ
念のために次の点をチェックしてみてください。
メニューバー「ツール」→「インターネットオプション」→「詳細設定」として画面の終わりのほうの「マルチメディア」で「Webサウンド」の項目に「チェック」を入れてください。
終わったら「適用」を押し、「OK」も押してください。
これで改めてサイトを開くとラッパが鳴るはずです。

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