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星落秋風五丈原


作詩:土井 晩翠
諸葛孔明は三国の世、劉備三顧の知遇に感じて蜀漢に仕え、後主劉禅立つに及び柱石の臣として、入りては相、出でては将となり、漢室の興隆に務めた。呉と和し、魏を祁山に攻めること四たびで未だ勝たず、魏将司馬仲達と五丈原に対陣中、病没した。七節の伊周は、伊予、周公旦で、ともに昔の賢相である。

<付記>この歌は土井晩翠詩集「天地有情」(明治31年発行)の中に出てくる長い詩で、これはその第一部である。
(軍歌集 雄叫より)


メロディー

祁山悲秋の風更けて
陣雲暗し五丈原
零露の文は繁くして
草枯れ馬は肥ゆれども
蜀軍の旗光なく
鼓角の音も今靜か
丞相病あつかりき
丞相病あつかりき

清渭の流れ水やせて
咽ぶ非情の秋の声
夜は関山の風泣いて
闇に迷うか雁は
令風霜の威もすごく
守る砦の垣の外
丞相病あつかりき
丞相病あつかりき

帳中眠りに幽かにて
短蛍檠光薄ければ
ここにも見ゆる秋の色
銀甲固く鎧えども
見よや侍衛の面影に
無限の愁い溢れるるを
丞相病あつかりき
丞相病あつかりき

風塵遠し三尺の
剣は光り雲らねど
秋に傷めば松柏の
色も自ずとうつろうを
漢騎十万今さらに
見るや故郷の夢如何に
丞相病あつかりき
丞相病あつかりき

夢寐に忘れぬ君主の
臨終の詔かしこみて
心をこがし身をつくす
暴露の務幾とせか
いま落葉の雨の音
大樹一たび倒れなば
漢室の運ははた如何に
丞相病あつかりき

四海の波瀾収まらで
民は苦しみ天は泣き
何時かは見なん太平の
心のどけき春の夢
群雄起ちてことごとく
中原鹿を争うも
誰か王者の師を学ぶ
丞相病あつかりき

末は黄河の水濁る
三代の源遠くして
伊周の跡は今いずこ
道は衰え文斃れ
管中去りて九百年
楽毅滅びて四百年
誰か王者の治を思う
丞相病あつかりき


  

  

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